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「同じ」とは何か

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辞書によれば、「同じ」とは「二つ以上のものの内容・状態などに区別がないさま」(デジタル大辞泉)である。

「内容・状態など」は、例を挙げているに過ぎず、限定的である。
そこで、「内容・状態など」を「属性」に置き換えて汎化をすると、「二つ以上のものの内容・状態などに区別がないさま」は「二つ以上のものの属性に区別がないさま」となる。

また、「二つ以上のもの」は冗長な表現であり、単純に「事物」でいい。
そう考えると、「事物の属性に区別がないさま」となる。

「さま」は「様」であろうから、「状態」である。
しかし、一般的に「同じ状態」という表現が成立するから、もしも「同じ」が「状態」であるあるなら、「状態状態」という表現が成立することになるが、実際には成立しない。
よって、「同じ」が「状態」ではあるとは考えづらい。
「事物の属性に区別がないさま」は「事物の属性に区別がないこと」でいいだろう。

そもそも、何かに「区別がない」という表現は一般的ではない。
同じ辞書で「区別」は「「あるものと他のものとが違っていると判断して分けること」とされていることを踏まえると、「区別がない」は、「違いがない」という一般的な表現で置き換えられそうだ。
よって、「事物の属性に区別がないこと」は「事物の属性に違いがないこと」となる。

つまり、「同じ」についての辞書の定義は、「事物の属性に違いがないこと」と修正できるのだが、それだけではない。
さらに深掘りすることができる。

現実の「同じ」とされる事物に、「同じ」という属性があるのだろうか。
答えは否である。
「同じ」とされる事物の構成要素に「同じ」という要素が含まれることはない。

ならば、「同じ」は事物の認識の属性と考えるしかない。
しかも、「同じ」が「事物の属性に違いがないこと」であるとすれば、認識の属性間の関係という属性であることになる(「関係とは何か」参照)。

よって、「同じ」とは『認識の属性間の「違いがない」という関係』であることになる。
短縮すれば『認識間の「違いがない」という関係』である。

そして、『認識間の「違いがない」という関係』は、「同じ」すべてに当てはまり、「同じ」以外の事物すべてに当てはまらない。
したがって、「同じ」とは『認識間の「違いがない」という関係』である。

なお、何かの事物が「同じ」であると考える理由を問われると、人はそれらの事物の間に違いがないことを挙げる。
このことからも、「同じ」とは『認識間の「違いがない」という関係』であることをうかがい知ることができそうだ。

また、厳密には、現実に「同じ」事物は存在しない。
例えばソフトウェアのコピーのような「同じ」と思われる事物でも、保存場所と現実化した時間(時刻)、すなわち時空上の「位置」という属性が違う。

このことからも、現実に「同じ」という事物は存在しないことが分かるが、それだけではない。
もう一つ、分かることがある。
それは、人が「同じ」事物と考える事物は、実際には「同じような」事物でしかないということだ。

時空上の「位置」という属性を捨象すれば、ソフトウェアのコピーでも「同じ」ソフトウェアと認識できる。
同様に、人が「同じ」事物と考える事物は、認識上で特定の属性を捨象して初めて「同じ」事物と認識できる事物なのだ。

「同じ」は、「違い」が分からないか、分かっても無視するときにしか生まれない。
留意されたし。

Good? or Not Good?

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