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成立とは何か

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辞書によれば、成立とは「物事が成り立つこと。できあがること。また、まとまること」(デジタル大辞泉)である。
使用例として「予算が成立する」「交渉を成立させる」が挙げられている。

しかし、「物事が成り立つこと」では、そのままである。
定義にも解釈にもなっていない。

「できあがること」「まとまること」は、「予算ができあがること」の「できあがること」なのだろうし、「交渉がまとまること」の「まとまること」なのだろうが、それでは限定的である。
例えば「論理が成立する」の「成立」は、「できあがること」「まとまること」ではない。

そこで、成立とは何かを一から考えよう。

まず、成立するものは、何か。

現実の事物は、見方によっては成立したりしなかったりするものだ。
ならば、成立するものは、現実の事物ではなく、認識である。
また、認識だけでなく想像も成立する。

これらのことを押さえた上で、まずは認識での「成立」を見る。

法則は成立する。
法則が成立するということは、法則が対象とする事物に当てはまる、すなわち「真である」という意味で正しいと思えるということだ(「正しさとは何か」参照)。
念のためだが、法則とは現実の事物を対象とする認識である(「法則とは何か」参照)。

ルールも成立する。
ルールが成立するということは、ルールが「集団にとって価値がある」という意味で正しいと思えるということだ。

辞書にあるように、予算(交渉)も成立する。
予算(交渉)が成立するということは、予算(交渉)が「集団にとって価値がある」という意味で正しいと思えるということだ。

思い込みも成立する。
思い込みが成立するということは、思い込みが「自分にとって価値がある」という意味で正しいと思えるということだ。
それがたとえ「偽である」という意味で誤りであっても、「集団(の自分以外の者)にとって害がある」という意味で誤りであっても、信念は成立する。

論理も成立する。
論理が成立するということは、論理に「矛盾がない」という意味で正しいと思えるということだ。
本来、論理が成立しても、結論が正しいとは限らない。ゆえに、論理が成立することを論理が正しいと思うべきではないのだが、現実には、そう思われている。

どうやら、認識での成立は「正しいと思えるということ」であると考えられそうである。
他の認識での成立にも、「正しいと思えるということ」は当てはまる。

では、想像ではどうか。
想像は、対象である現実の事物がないものであるから、「真である」という意味で正しいものではない。
想像が「真である」という意味で正しいと思われることも稀である。

想像は、すべて個人のものであり、集団のものではない。集団で共有される個人の想像とされるものは、個人の想像が絵や文章などになった現実の事物である。
ゆえに、想像は、「集団にとって価値がある」という意味で正しいものではない。
想像が「集団にとって価値がある」という意味で正しいと思われることも稀である。

したがって、想像では、成立は「正しいと思えるということ」であると考えられそうもない。
しかし、想像の物語の中でも、ルールも、予算(交渉)も、信念も、論理も成立する。

ならば、「確かと思えるということ」は、どうだろう。

「確かと思えるということ」は、「確かと設定できるということ」という意味で、想像での成立すべてに当てはまる。
また、「正しいと思えるということ」は、「確かと思えるということ」の一種と考えれば、認識での成立すべてにも当てはまる。
つまり、「確かと思えるということ」は、成立すべてに当てはまる。

そして、成立しないものに(何らかの意味で)確かと思えるものはないと言ってもいい。
よって、「確かと思えるということ」は、成立以外の事物すべてに当てはまらない。

したがって、成立とは「確かと思えるということ」である。

「確かと思えること」のほうが単純な言い回しなのだが、これだと「確かと思える対象である事象」とも取れるので、「確かと思えるということ」とする。

ただし、だ。

「確か」は、あやふやな、感覚的なものでしかない。
事物は、「確か」だと思えば「確か」だし、「確か」だと思わなければ「確か」ではない。

だから、「確かと思えるということ」、すなわち「成立」も、あやふやな感覚的なものでしかない。
「正しいと思えるということ」も含めて、だ。

それでも、人間は、「成立」という、あやふやな感覚的なものに頼って、生きている。
生き物は、いくら高等なものでもそうだろうし、人間もまたそうなのだ。

ゆえに、人間は、ときには自然の法則さえも、成立しないもの、すなわち確かと思えないものとして、科学よりもデマに翻弄されることになる。
そうしたことは、コロナ禍の今も、世界中で起きている。

「成立」するものは、「正しいと思える(感じられる)」かもしれない。しかし、「正しい」ものであるとは限らない。
我々は、このことを忘れてはならない。

Good? or Not Good?