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構造とは何か

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辞書によれば、構造とは「一つのものを作り上げている部分部分の材料の組み合わせ方。また、そのようにして組み合わせてできたもの。仕組み」(デジタル大辞泉)である。

「一つのものを作り上げている部分部分の材料」は「要素」である。
だから、「一つのものを作り上げている部分部分の材料の組み合わせ方」は「要素(属性)の組み合わせ方」と単純化できる。

しかし、「組み合わせ方」は、組み合わせる者を主語とする限定的な表現だ。
「組み合わさり方」のほうがいいのだが、それでもまだ限定的である。
「組み合わさり方」は「関係」の一種であるから、「関係」のほうがいい。

ただし、通常、単一の「関係」を構造とは呼ばないが、呼ぶこともなくはない。
そう考えると、構造とは、単一の「関係」である場合も含めて「要素間の関係群」となる。

また、「そのようにして組み合わせてできたもの」は、構造ではなく、構造を持つ事物のことであるから、誤りである。
「仕組み」も構造を持つ事物であるから、誤りである。
構造は構造を持たない。

そして、「要素間の関係群であること」は、構造の「構造すべてに共通し、他の事物すべてに共通しない属性」すなわち本質である。
よって、構造とは「要素間の関係群」である(「本質とは何か」参照)。

では、構造は、どこにあるのだろう。
世の中は、現実の事物が構造を持つ、すなわち、現実の事物に構造があると考えている。

しかし、現実の事物の要素である現実の事物は、空間の特定の位置にただ存在するものでしかない。
例えば、家の要素である部材は、それぞれが空間の特定の位置にただ存在するものだ。基礎、床、柱、壁、天井、それらを繋ぐ釘、接着剤など、すべての物(モノ)である部材がそうである。
それらの量(大きさ、数)もそうである。

また、部材が釘や接着剤などで繋がっているという事(コト)もそうである。
さらに、床と天井が離れているという事(コト)もそうである。

また、そもそも、構造は、現実の事物を表す認識だけでなく、非現実の事物を表す想像にもあるものだ。

そう考えると、実は、構造は認識や想像として存在するものであることが分かる。
そして、このことは、「関係」が認識や想像としてしか存在しないことと符合する(「関係とは何か」参照)。

つまり、構造は、人の頭の中にある。

我々は、ネットワーク構造を持つ認識の中で、現実や非現実の事物の要素をノード(結節)として表し、複数の要素間をリンク(関係)で繋ぐことで、現実や非現実の事物の構造を頭の中に表している。

そして、必要に応じて、頭の中の構造を紙の上の絵やディスプレイ上の画像として再現(アウトプット)する。
そのとき、対象である事物の形を表す認識の「範囲」を面で再現したり、「範囲」の境界を線で再現したりするのである。

なお、識が持つネットワーク構造もまた「要素(ノード)間の関係」である。
しかし、それは、現実の事物が持つ構造ではなく、感覚の事物である認識が持つ「意味」としての構造である。

ちなみに、思考とは「関係づけること」である(「思考とは何か」参照)。
また、構造が「関係群」である以上、「構造化」とは「関係群をつくること」すなわち「関係づけること」であると言っていい。
ならば、思考とは「構造化」であることになる。

つまり、思考力が高い人、すなわち頭がいい人は、「構造化がうまい人」なのだ。
このことを意識しておくと、思考力はアップする。
是非、お試しあれ。

Good? or Not Good?